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ぼたんえびの雑記

クラシック音楽を中心に適当な事をだべるサイトです。どうか気軽にお読みくださいm(_ _)m

ショスタコーヴィチ

ショスタコーヴィチ 作曲家

 20世紀最大にして最高の作曲家と言えば

ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1903〜1975)を挙げる方が多いのではないか。前衛的な音楽が支配した20世紀において、王道を行きながらも誰にも似ていない革新的な音楽、死と隣り合わせだったという人生は過去の偉大な作曲家同様に伝説となっていて、我々クラシック音楽ファンにとっての定番作曲家感は40年ほど前まで生きていた方とは思えない。

 

彼の代表的作品と言えば、交響曲弦楽四重奏曲である。2ジャンル共に15曲ずつ残されているのは偶然か。

特徴はなんといっても、暗いこと。ちょっと他の作曲家とレベルが違う暗さであり、もう何もかも諦めた感じというか、マーラー大地の歌で有名な歌詞「生は暗く、死は暗い」を地で行く。響きの明るい箇所はもちろんたくさんあるが、どの曲を聴いてもシニカルというかやけっぱちというか…

マーラーからの影響があると感じるのは、シンメトリー的な形式や、金管と打楽器を多用するオーケストレーションであって、それらを用いて表現したことは私小説的なマーラーとは異なり、より全人類的なものでより共感を呼びやすいと思う。それに、本質的にショスタコーヴィチは歌の作曲家ではないと思う。よってあまり似ていない。

 

さらに個人的に思うのは歌の作曲家ではないと言ったことと少しかぶるが、アダージョが苦手だと思う。どの曲を聴いても印象に残るのはアレグロやプレストの早い箇所だし、腰を据えてじっくり叙情的に歌うことはなく、テンポが遅いときは音楽が荒涼としている場面に限られる。メロディーも全く持って歌いづらいし、音楽自体が早くアレグロになりたくてしょうがない感じに聞こえてしまうのは気のせいか。

 

私はショスタコーヴィチをあまり好んでいない、というよりあの酷薄な世界に耐えきれなくなるのだ。顔を背けたくなる。彼の人となりや当時の社会の状況を伝える文献は数あれど、その音楽が全てを伝えてしまっているのが痛ましい。

しかし、ネットを少しでも調べれば熱狂的ファンたちのサイトがゴロゴロと。ファンの熱意の高さは恐らく全作曲家中No.1。

 

彼の音楽を聴くのに最も重要なのは恐らく、彼の音楽のみならず、その特殊な国情と戦い続けた人生をよく理解することができるか、否かである。第2次世界大戦やソヴィエト連邦が忘れ去られるほどの時間が経たなければショスタコーヴィチを音楽のみで語る時代は来ないと言っていい。他の作曲家以上に社会に密着した作曲家だから少し社会のお勉強が必要。ウィキペディアやファンのサイトににレッツゴー。

 

作曲家にとって幸運でも、後世の人間にとって不運なのは、作曲家存命中に演奏解釈が固まってしまったことにある。あまりにも彼の同時代人は偉大すぎた。しかし、音楽的には昔の演奏でも充分なのだが残念ながら音質が…最近の演奏だと音質が良くても同時代人ほど徹底した演奏がなされていない中途半端さ。ネルソンス盤は過去の呪縛から解放された感があり、そろそろ音楽のみでショスタコーヴィチを語れる時代が近づいているかも。

弦楽四重奏曲の場合は人数が少ない分、演奏家の意思がストレートに反映された色々な演奏が聴けて面白いけど。今の所は月並みだがボロディンSQがとてつもない楽譜の読み込みのレベルの高さ。最近新録音も出たようだが、未聴~_~;

 

以下、前述した偉大すぎるショスタコーヴィチの同時代人である。

 

例えばロストロポーヴィチ。チェロと指揮の両面からショスタコーヴィチの作品を広めるのに貢献。作曲家としてはショスタコーヴィチの弟子だし。あのエロオペラマクベス夫人を西側に紹介したのも彼。

彼自身が音楽家としてあまりに偉大すぎるもんだから、彼の音楽がショスタコーヴィチのイメージに一役買ってることは間違いない。

 

交響曲の場合はムラヴィンスキーの影響が絶大

涙も枯れ果てた凍てつく恐怖世界を作り出し、異常な説得力のある演奏を大半の交響曲を初演した人がやっちゃってるんだもん、そりゃーみんな影響受けるわな。マーラーの場合はワルターメンゲルベルククレンペラーとかみんな自分のやり方で料理したから後世の人からすればいろんな解釈の道筋が残されたわけだし。


コンドラシンも…ゴリゴリの凶暴ロシアンな響きで容赦なく突撃する、ムラヴィンスキーと少し違って氷が燃えてるメタンハイドレートみたいな演奏で、ムラヴィンスキーと違って全集作ってるし、そりゃーみんな「ショスタコーヴィチってこうなんだ!」ってなるわな。教科書の出来が良すぎたんだ。マーラーの場合はカラヤンあたりがR.シュトラウスみたいな流麗さとオーロラみたいな美しさで勝負したもんだから、「あ、それもありやな」的な感じになっただろうし。


バーンスタインとかスヴェトラーノフの場合やらかしちまってるよ…上記の人たちよりもホットな演奏だけど、このあまりに熱狂する方向の演奏はやり尽くしてしまった感があって、現代の演奏家がモノマネをしても勝ち目が薄い。。。

両者が残したレニングラードの録音あたりのテンションを仮に今再現できるとしても、それが通用する時代はもう終わった気もする。


ハイティンクは当時としては叙情的で素晴らしいが、それでも普段他の作曲家演奏には見せない冷え冷えとした雰囲気が支配している。10番のみだがカラヤンも然り。戦争を知る世代の人間には、その記憶を拭い去ることはできなかったか…

ショスタコーヴィチ解釈の多様化のためというのはもちろんだが、、音楽のみでショスタコーヴィチを見ることができる平和な世界になってほしいし、ショスタコーヴィチに心の底から共感できてしまうような時代は2度と来てはいけない。現実問題、もし再び来るようなことがあれば地球が終了してしまうけれども。

ハイティンク

指揮者

私の最も好きな音が鳴るオーケストラはアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団である。

なぜ旧称を用いるのか、お分かりだろうか…

 

録音でも一聴同然。

ベルナルト・ハイティンク(1929〜)の音楽監督勇退後、すなわちコンセルトヘボウの名前にロイヤルが冠され今の名称になった、それ以前の

フランスの楽団ほどは華美ではない、

イタリアの楽団ほど軽やかではないし、

ドイツの楽団ほどは重厚ではない。

ウィーンの楽団ほど柔らかくもない。

チェコの楽団ほど木質で鄙びてもないし、

アメリカの楽団ほど洗練されてもいない、

ロシアの楽団ほど濃厚でもない

だがしかし、全てが水準以上。

 

この痒いところに手の届くような丁度いいサウンドが少しシャープで軽めの音に変わった。華やかさが増し、より洗練された。これはひょっとするとオーケストラとして進歩したとも言えるかもしれない、しかしそれはもうあの丁度いい塩梅の音ではない。

 

当時の録音を聴くだけでも、ハイティンクがいかに優れた耳とバランス能力に長けていたかの証明が可能だ。彼は日本では超絶人気が無いらしいが、毎度毎度人気指揮者達の個性的な演奏に触れてばかりいるとそれしか受け付けられなくなり、楽しみの幅が狭まってしまう。

 

私が最も避けたいのはそうなってしまうことであり、だからこそ偏った感覚にならないように日頃から少し気を使っている。超個性的なジュリーニムラヴィンスキーが好きに加え、最近フルトヴェングラーテンシュテットが流行中の私にとってのハイティンクは重要な存在。

 

曲のニュートラルな姿を現して聴かせてくれるからだ。こういう「ちゃんとした」指揮者、私の足りない頭で他にパッと思いつくのはジョージ・セル、フリッツ・ライナー、ブロムシュテット、プレヴィン、デュトワザンデルリンクアバドサラステとか?……

 

さて、このメンツの中でコンセルトヘボウとの録音がレパートリーの広範囲にわたって残されている方は?

いないのだ。

だからこそハイティンクは貴重。

ニュートラルな演奏を最高の響きで聴ける。これだけでもう充分すぎる。

 

オススメは第1にシューマンの全集。

 

シューマンオーケストレーションが下手?うまく振れない指揮者の言い訳ではないのか?

と思ってしまうほどの完璧なバランス、濁りのないハーモニー、自然なテンポ。

宝石としてピカピカに加工される前の少しくすんだ原石のような弦楽器、エレガントな金管楽器、天使のようにひらりと飛び回る木管、少し鈍重でほのぼのとしたティンパニ。そして個人的に特に好きなのはオーボエの音。

あまりに素晴らしくて語彙が追いつかないので、コンセルトヘボウ管弦楽団特集をいつかしよっと。

 

ほぼほぼ主要な作曲家の曲は網羅されている彼らである。オススメは数多い。

スタンダードとも言える正統的解釈で、テンポも早めで初心者にもイチオシのブルックナーの全集。サラリとした感触が印象的なブラームスの2番、チャイコフスキー4番の打楽器を中心とした巨大な響き。

演奏家の個性が作曲家の姿を曇らせることが無いショスタコーヴィチ(半分はロンドンフィルとの録音だが。)

武満作品唯一の外国人指揮者による演奏であるノヴェンバー・ステップスはあまりに柔らかくブレンドしたオケとピンと張り詰めたソロがチグハグなことがかえって和楽器の異質さが際立っていて面白い。

そしてオーケストラの響きの美質が全開となったアルプス交響曲

どの録音もホールで聴いているかのような録音が演奏に輪をかけて素晴らしい。

 

以上、コンセルトヘボウとのコンビばかりを取り上げてきたが、ベルリン、ウィーンの両雄、アメリカの幾つかのオーケストラやロンドン響などともたくさん録音を残しており、コンセルトヘボウ贔屓でなければそちらの方が良いという方も多いと思う。

 

中でも特筆すべきは、近頃仲良しのバイエルン放送響との録音

 

今の所私が知る限り、ブル5、マラ9、天地創造、ミサソレムニス、マラ3が出ているが、

全部ヤバイ。

ベルリンフィルティンパニ奏者のゼーガースだったか、

「箱があったら箱の中にちゃんと収まる演奏をするのがバイエルン、箱をはみ出す演奏をするのがベルリンフィル

この言い回しはオケの違いをよく言い当てていると思うし、箱の中にちゃんと収まるといえばかつてのコンセルトヘボウもそうだったのではあるまいか?

現在あの丁度良い音に近い音が出せるのは多分バイエルン放送響だ!

特にミサソレムニスの完成度はあのクレンペラー盤を超えて史上最高疑惑。

 

少し寂しい気もするが、

完全に今が人生の集大成。

現在87歳!、まだまだ元気で活動してほしい。。

 

 

 

 

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ネルソンスとボストン響のショスタコーヴィチ

CD ショスタコーヴィチ

元々は交響曲選集の予定でレコーディングを開始したものの、交響曲全集となる事が決定したネルソンス&ボストン交響楽団によるショスタコーヴィチ

 

10番の録音から始まり、現在5、8、9番の録音も2枚組で発売された。

両方ともとても良いCDだ。演奏もそうななのだが、録音が素晴らしく良い。CDでこの音質ならSACDいらないじゃないか?もはや生演奏と遜色ない。これほどまでに現代の録音技術は高いものなのか、恐ろしい限りである。

 

それに、良い意味で普通の純音楽的なショスタコーヴィチ演奏だ。

ショスタコーヴィチを直接知る人間達が作り上げてきた、同じ暗い時代の空気を吸ったことによる共感から生まれた戦慄のモノクロ映像。

言うなれば映画シンドラーのリストを見ているような気分だったのだが、(※シンドラーのリストは最近の映画であり、モノクロ映像は演出!)ネルソンス監督ボストン交響楽団主演によるカラー映画ショスタコーヴィチの出現によって親しみやすさがグッと増した。

 

作曲家本人を知らない世代だからこその客観性を持ち、現代音楽からやっとクラシック音楽になった感がある。オーケストラの豊かで暖かい響きが落ち着いた演奏の助けになっているのかな?

 ボストン響木管楽器ゲロ上手い

 

それにしても…ショスタコーヴィチはどうしてこうも同じような解釈の演奏ばかりが生まれてきたのか、中途半端にうすら寒い演奏を聴かされるとさすがにつまらなくて耐えられない。

最近のパーヴォ・ヤルヴィ&シンシナティゲルギエフ&マリインスキー劇場のオケもまだ今までの演奏解釈の延長線上で、ネルソンスほどの叙情性を持ち得ていないように思う。ショスタコーヴィチが影響を受けたマーラーなんて地味なのからド派手なのまで演奏の多様性があるのに。

 

ショスタコーヴィチも没後100年あたりになれば状況は変わっているのかな?ネルソンス盤はその試金石となるのだろうか。

 

叩き売られるフルヴェン

CD

ウィーンPOを中心としたフルトヴェングラーの代表録音であるベト全がついに1000円そこらで売られる時代到来。瞬く間に売り切れたために記憶に新しい方も多いかと。

 

40枚以上入ったライブオペラ集なんて3000円を切るほど。

どうせ著作権切れ、儲けがないよりマシだぜってか。

商売根性猛々しいなぁ。

 

全集の2010年リマスター盤とは、SACD発売の際のリマスターなので特筆すべきことは何もないのだが、

中身の紙ケースがオリジナルジャケットなのは朗報。

バイロイトの第九のゼウスっぽいジャケットが昔から欲しかったし、購入。

 

音はそれなり。ちょっぴり擬似ステ。ベト7の4楽章の女の声消えてないんだがあははははは怖いんだよなんとかしろ

フルトヴェングラーSACDは金の無駄と判断して買ってないから比べようがないが、CDに関してはもうこれ以上音質が良くなることはないんだろうな…別にこの全集はそんなに好きじゃないから良いのだが。しかし個人的にこの上品な英雄はあらゆる英雄演奏の中でもかなり好きな方。

 

もう特に書くことはないのでどうでも良い話。

ゴルゴ13フルトヴェングラー登場回をご存知だろうか?

あの話に見事騙され、英雄のステレオ録音が存在すると信じた自分。

同類は多分結構いると思うなぁ(^o^)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

youtubeで音楽を聴く

その他

現在世界の音楽業界はもはや音楽データの配信が主流となっているらしいが、物を愛する日本人にとって、相変わらずCDは大切なものだし、LPすら現役なんて方々が大勢いる。

 

最近はCDよりも音の情報量が多い(いわゆる、ハイレゾですな)というのだから、そろそろ本格的にCDを持つメリットが薄れつつあるのが現状である上に、youtube無料で色々な演奏が聴き放題。さらに、フルトヴェングラーをはじめとする著作権切れの演奏になると、録音をアップすることが合法であるから、個人が勝手に擬似ステレオ化、リマスタリング、なんでもありである。

しかし、音楽産業に投資する事をやめてしまっては音楽自体が滅びる。音楽を愛する者は演奏会に行き、録音は基本的にはちゃんと買いましょう。

私は基本的に物を愛でる派なので、充分音楽産業に貢献しているつもりだ、が、

 

…そうは言ってもクラシック音楽は星の数ほどの録音が存在するのです。全部買うのは無理です。天国にいらっしゃる偉大なる音楽家たちよ、お許しくださいm(_ _)m

 

さて、懺悔が済んだところでyoutubeでも音楽を聴こう!

 

フルヴェンと言えば、バイロイトの第九。擬似ステだと結構印象が変わる。モノラルだとやたら前面に出ていた木管楽器がちゃんとオケの後方に引っ込むのが嬉しい。そしてフルヴェン伝家の宝刀弦楽器ウネウネ指数が大幅アップ。なんだかんだでフルヴェンの第九で音質は良い方、バランスに関してはトップレベルだし、やはり重要な演奏であることを再確認。ブライトクランクとか、それを復刻したグランドスラムなどの擬似ステCDは、高くて買う気にはなれないので擬似ステはこれで満足。(モノラルは当然現物所有)

 

第九と言えば、テンシュテット&ロンドンフィルの91年ライブも発見。これは個人的に合唱とソロ歌手たち含む、演奏者達のテンションの高さがバイロイトの第九に唯一比肩する演奏だと感じるので、必聴。音質は当然フルヴェンの100倍良いし…バイロイトの第九は特に合唱が不明瞭なのが痛い~_~;

 

テンシュテット指揮におけるトゥッティの音は一体どうしてこのように鳴るのかわからないが、異常にパワーがあって密度の濃い、化け物のような音を出す。だが最近、この音を出す秘訣はホルンにあるのでは?という気がしてきた。4楽章冒頭など、ロンドンフィルのホルンが、本来オケの響きに埋もれる箇所でも非常に凶暴かつ雄弁にビンビン聴こえてくる。

 

ワルターモーツァルトも聴きものだ。コロンビア交響楽団とはほぼロスフィルのメンバーで、小編成だったらしく弦楽器の響きが薄いのだが、現在弦楽器の人数は減らすようになり、響きは薄いのが常識になったので、むしろ現代にも通じる響きになっているという皮肉。低音が結構ガツガツとしているので割と重厚な演奏だが、それでも今の基準からすると穏やかなもので、テンポもゆっくりだ。一般的なモーツァルトのイメージはこっちの人が多いのだろうな…ワルターモーツァルトや前述のフルヴェンのベートーヴェン、それにトスカニーニヴェルディあたりというのはクラシック音楽界においての聖典であり鉄板だ。

 

問題は、過去の演奏を聴きすぎて、現在の演奏が受け入れられなくなってしまうこと。逆もしかり。偏った音楽観が形成されてしまうのですな。

せっかくの趣味なのだから、どんな演奏でも楽しめるためにも、いろんなスタイルの演奏をバランス良く聴くほうがいいと思う。個人的に。

 

ヤフー知恵袋にも、マーラーはバースタイン以外全く受け付けられないという方がいらっしゃった。バースタインのマーラーというのもフルヴェンのベートーヴェンと同じようなシンセイオカスベカラズ的存在と化しているのは確かだが、演奏の多様性を認められない人を見ると非常に悲しい。

 

 

 

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ムラヴィンスキー

指揮者

クラシック音楽とは基本美しいものであり、多くの音楽家たちは音楽的な要素以外に音色や響きも大変気にするものだ。多少演奏が荒くなっても、美しいハーモニーは崩さず良い音を奏でるのが音楽家というものであろう。だがしかし、

 表面的な美しさを求めないうえに、普通の表現では満足できなかったのか、一線を超えてしまったヤバイ方々が音楽界には、いる。

 

そういったヤバイ方々といえば、指揮者エフゲニー・ムラヴィンスキー(1903〜1988)と、彼と50年ともに音楽を奏で続けたレニングラードフィルハーモニー交響楽団のコンビがいた

 

まず彼らが交響曲の多くを初演したショスタコーヴィチあたりの録音を聴いてみてすぐにわかるのは、異常な緊迫感と、厳しさである。テンポは速く、鋭い音色の弦楽器が一糸乱れずに刻む音を聴くと、軍隊の行進を連想してしまうのは私だけではないだろう。金切り声のような金管楽器やそれに同調するかのような荒々しい打楽器群、冴え冴えとした木管楽器…冷戦時代のソヴィエトの恐怖政治を思わせるような音楽。単刀直入に言うと寒気がする。何より、通常のオーケストラ演奏を基準とすると

 

全然美しくない笑。

 

慣れればこれはこれで充分に美しさを堪能できるし、独特ではあるがやはりハーモニーはちゃんと存在するのだが、やはり他のオケや指揮者の演奏とは明らかに異質である。

 

だが、彼らの来日時に演奏を聴いた人々はこの美しくない演奏に感動してしまったというのだから、音楽というものは美しさ以外に大事な物が存在しているのだろう。

 

私の(てか、ほとんどの人はそうだろう)ムラヴィン&レニフィルとの出会いは、ドイツグラモフォンのチャイコフスキー交響曲4〜6番。超有名な録音で、いまだに決定盤だの何だのと言われているのだが、1曲ごとはともかく、3曲を総合的に見て私はそれを全面的に支持する。

 

チャイコフスキーの4番冒頭。切り裂き魔か何かが襲いかかってくるような壮絶な音に

チビりそうになった15才のあの頃。

第2楽章、本来は消え入るように演奏されるはずのチェロのパートソロはめちゃんこに歌いまくるわ、3楽章のピッツィカートは超理路整然としてるわ、4楽章はサーカス状態だわで、ムラヴィンスキーとの出会いは超強烈で忘れられないものになった。

5、6番も同じようなもので、ギリギリと締め付けられるような緊張感から肺腑をえぐるような音が聴ける。歌うところは速いテンポの中でも違和感なく歌いまくり。必聴だ。

(5番に関しては、73年本拠地ライブが演奏録音総合1位。演奏だけなら77年日本ライブが最高。)

 

問題はムラヴィン&レニフィル、このチャイコフスキー以外にマトモな録音がほとんど存在しない。号泣。

とりあえず前述のショスタコーヴィチ。5番はアルトゥスの来日時のライブが残っており、録音の良さがドイツグラモフォンに比肩する唯一の存在。6番、8番、10番、12番、15番はステレオがあるのであまり抵抗なく聴ける。

6番は完璧。カラヤンがそう言ったそうだが、まさに完璧としか言いようがない完成度。

 

8番は晩年のライブがかなり録音良好、最恐にして、最凶とはこの録音のためにある言葉。本当にライブなのか、いくら戦争音楽だからといっても熱気というものを一切感じることができない、笑顔を忘れた人間による戦慄の演奏である。

 

同時期、ムラヴィンスキーおじちゃんはくるみ割り人形組曲(彼オリジナル)にて、普段あまり見せない柔和な表情を見せてくれる。

特にパ・ド・ドゥが感涙もの。ハープのアルペジオから慈しむように曲が始まり、G durの音階をチェロが奏でる。

チェロのメロディーの最初の音の出る瞬間!

万感の思いを込めて…一瞬のタメが入る。

上手い!

日頃のつっけんどんなムラヴィンおじちゃんを知っているだけに涙が出そうになる箇所である。終曲のワルツは、絶対に届かない高貴な頂きに手を伸ばすような趣きがあり、切ない。

 

ロシアものばかり取り上げたが意外とドイツ物も多く演奏していて、ベートーヴェンブラームスの4番や未完成は名演奏&録音がマシ。

65年と72年のモスクワライブにも録音が良好なものがあり、ルスランとリュドミラ序曲など、ニコニコ動画でめっちゃコメントがつきそうな超スピード&激烈演奏で有名。オネゲルヒンデミットバルトークの弦チェレもバッサバッサなぎ倒すような鬼演奏。モーツァルトの39番はまさに結晶のような響きの研ぎ澄まされた演奏。3楽章のクラリネットソロの超ピアニッシモは鳥肌モノ。ムラヴィンスキー本人も好きだったというフランチェスカ・ダ・リミニについても語りたいが長くなるのでここでは我慢我慢。

 

それにしても、録音の悪さを度外視すればいくらでも良い演奏があるのだが、やっぱり録音の良し悪しに勝るものはないので、本当にもったいないと感じる。おのれソ連(怒)。

 

 

 

 

 

 

 

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ブルックナー

作曲家 ブルックナー

 世間の人々曰く…長い、退屈、難解、ネクラ、ダサい…(ロリコン)

これほどまでの悪評があるにもかかわらず今もなお信者を生み出す摩訶不思議な作曲家、それがアントン・ブルックナー(1824〜1896)である。

 

ここ最近も、よりによってブル5にはまってしまった中学生を発見しドン引きした次第であるが、何を隠そうワタクシも彼の魅力にどっぷりとつかってしまった人間の一人である。

 

最初は御多分に洩れず、この作曲家には退屈な印象しかなく、金管楽器が活躍するという理由で我慢をして聞いていたところ、

ある日突然目覚めたのである。

 それは中学生時代に図書館で偶然借りたクナッパーツブッシュミュンヘンフィルの、あの有名な第8交響曲の演奏の4楽章を聴いてからであるが、

 

突然のゲネラルパウゼの静寂

⬇︎

息を飲む

⬇︎

宇宙的スケールの音楽の解放

⬇︎

脳汁ブシャーッ(^o^)

 

実はこのゲネラルパウゼは楽譜を改変していて元々そのような指定は無い箇所だったのだが、イチコロにやられた~_~;

 

その後はひたすら聴き漁ったが、私のブルックナー開眼のキッカケが、最近亡くなった某有名な音楽評論家とほぼ一緒(彼は3楽章を聴いている時に目覚めちゃった模様)であることを知り、彼の勧める演奏を集めたりもしたが、私の変人性故に?彼の趣味とは結構異なっていた…特に気にはしなかったが。

 

ブルックナーの醍醐味とは、なんといってもその特異な響きにある。調性はあることにはあるのだが、わずか数小説の間に3度も4度も転調することがよくある。(コードの分析なんて時間がいくらあっても足りない。私はオススメしかねる。)とにかく明確ではない和声進行が延々と続く者だから、聴いているものとしてはなんとも言えない浮遊感に包まれて、心地よくなっていく。これはもはや麻薬だ。

 

この響きの浮遊感については、ワーグナーにも見受けられるものであり、事実ブルックナーワーグナーに心酔していたのであるが、決定的に異なるのが金管楽器を中心とした剛骨なフォルテシモである。宗教的、宇宙的と称されるのも無理はない、神が降臨するかのごとき途方もないスケールで音楽が奏でられるのである。全体的に退屈な音楽が続くのは来るべきクライマックスの法悦のためにあるのだと言っても過言ではない。

 

日本では脇役であるブルックナーだが、

クラシック総本山たるヨーロッパでは、ベートーヴェン以降最大の交響曲作曲家といえば彼の名が挙がることが多いのだ。

マーラーでもブラームスでもなく!

意外や意外、ブルックナークラシック音楽メインストリートなのである。こうなったらみんな聴くしかない!でしょ?

実はブルックナー結構聴きやすいと思う。理由は3つある。

 

第1に、彼の音楽と言えばほぼ交響曲。ミサ曲や宗教曲もあるが、コアなファンでも手付かずが多いのが現状であるし、第5は良くも悪くもブルックナーらしさがありすぎて取っ付き難く、第6は何故か軽視され、初期の交響曲00〜2番もなぜか軽視されるので交響曲の中でも数曲を聴きかじれば既に立派なブルックナーファンなのである。

まずは第4、第7。慣れたら第8、第9を。

これらが聴ければ充分なのだが、次に第5、第3も。ここまで来ればブルックナー関連の会話には困らないことを保証しよう。

 

第2に、ブルックナーは同じ曲を何度も書き続けたと言われるほどに曲の作りは割ワンパターンということにある。曲の開始は基本的に弦のトレモロ、コラールの頻出、ゲネラルパウゼの多用、オルガンのオルゲンプンクトをかたどったティンパニの長大なトレモロなど…

 

第3に、宇宙を表現したとか、神がどうとか言われるが、基本的にストーリー性を考慮する必要が皆無なので、頭すっからかんにして千変万化する美しい響きに身を任せれば良く、日本人にとって苦しむことになるオペラやミサ曲においての言語の壁もなく、古典派や初期ロマン派のように形式や和声の知識があって初めて本当の凄さがわかるような音楽でもない。

 極論だが、バカでも聴けると思って気軽に接すれば、ブルックナーを聴くのにさほど苦労はしないと思うがいかがだろうか?

 

あとは聴くべき録音だが、個人的にちゃんとした演奏と認定するにはいくつか条件がある。

 

・テンポをいじりすぎない、悠々迫らぬ演奏

・オケ(特に金管楽器)の水準が高いこと

・録音状態と使用する楽譜がまともであること

 私のブルックナー開眼のキッカケのクナッパーツブッシュは楽譜の問題でアウト笑

 

全集をポンと買って聴くという方には

ハイティンク&RCO

or

カラヤン&BPh

これらのどちらかを所有していれば、ブルックナーに対して誤解を招く心配もなく、他の演奏にも手が伸びるだろう と思いたい。

音色としては剛のカラヤン、柔のハイティンクといったところか。演奏自体はどちらも流れが良く聴きやすいが、カラヤンはちょっとうるさいと感じるかも。

本音を言えばヴァント&WDRも良いのだが、あまりにゴツい演奏で、ブルックナー像がねじまがる可能性ありなので…玄人向きか。

 

全集にこだわらなければ、7〜9番を録音しているジュリーニ&WPhが個人的イチオシ。音はしなやかなのに全体のプロポーションガッチリしているという謎の演奏で、中でも9番は録音状態も加味して特に素晴らしい。

ウィーンフィル金管の音程はアバウトだが(苦笑)

同じウィーンフィルなら音も構成もよりガッチリしたベームとの演奏もあり。(4、7、8番)

 

ヴァントNDRとの組み合わせが1番ヴァントの意図が伝わる。ミュンヘンフィルとの9番だけは例外中の例外。

 

ここ最近だとバレンボイムシュターツカペレ・ベルリンと3度目の全集を出したがこちらもオススメ。最新録音なので音質は良い。テンポは結構動くので私の思い描く「ちゃんとした演奏」からは少し外れ気味だが、テンポの動きも自然に聴こえるし、これほどまでにカッコ良い演奏は現在バレンボイム以外にはできない気もする。

 

チェリビダッケ&MPOブルックナー奥の院(3〜9番他)。あまりに個性的であるために「ちゃんとして」ないし、万人向けではないのだが、私は大好きである~_~;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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